薬が効かなくなる!? 「薬剤耐性(AMR)」って何だろう

感染症あれこれ

皆さんは「抗生物質」や「抗菌薬」という言葉を聞いたこと会ありますか?

風邪をひいたときや怪我をしたときに、お医者さんから処方される薬です。これらの薬は私たちの体に侵入した細菌をやっつけてくれる、とても大切な薬です。

ところが最近、世界中で大きな問題になっていることがあります。それが「薬剤耐性(AMR)」です。AMRとは「Antimicrobial Resistance(抗微生物薬耐性)」の略で、簡単に言うと「今まで効いていた薬が効かなくなってしまう現象」のことです。新型コロナウイルスではよく出てくる「変異株」に近いものです。

細菌は、とても小さな生き物です。私たちの目には見えませんが、実は驚くべき能力を持っています。それは「進化する力」です(実際は、「進化」というのは少しおかしいのですが)。抗生物質を使うと、ほとんどの細菌は死んでしまいます。でも、遺伝子のコピーミスを起こした産物が、たまたま薬に強い性質を持った細菌として生き残ることがあります。そして、その薬に強い細菌が増えていくと、次第に「薬が効かない細菌」ばかりになってしまうのです。

これは、まるでゲームのキャラクターがレベルアップするようなものです。最初は簡単に倒せた敵が、だんだん強くなって、同じ攻撃では倒せなくなってしまう。細菌も同じように、薬に対抗する力を身につけていくのです。

薬剤耐性が生まれやすくなる原因は、主に次のようなものがあります。

抗生物質の使いすぎ:必要ないのに抗生物質を使ったり、風邪やインフルエンザ(これらはウイルスが原因なので、抗生物質は効きません)に抗生物質を使ったりすると、細菌が薬に慣れるチャンスを与えてしまいます。

薬を途中でやめてしまう:「もう良くなったから」と勝手に薬をやめてしまうと、完全には死んでいない細菌が残ってしまいます。この生き残った細菌が、薬に強い細菌になることがあります。

農業や畜産での使用:家畜の病気予防や成長促進のために、大量の抗生物質が使われることがあります。これも薬剤耐性菌が生まれる原因の一つです。

薬剤耐性菌が生まれても、それが広がらなければ大きな問題にはなりません。でも、残念ながら、薬剤耐性菌は様々な経路で人から人へと広がってしまいます。

直接的な接触:手や物を介して、薬剤耐性菌が他の人に移ることがあります。病院などでは、医療従事者の手を介して患者さんから患者さんへ移ることもあります。

飛沫感染:咳やくしゃみをしたときに飛び散るしぶき(飛沫)に含まれる細菌が、近くにいる人の口や鼻から入ることで感染が広がります。

エアロゾル感染:新型コロナウイルスで多くの人に知られるようになった感染経路が「エアロゾル感染」です。エアロゾルとは、空気中に漂う非常に小さな粒子のことです。

飛沫感染との違いは、粒子の大きさと空気中に漂う時間です。飛沫は比較的大きく、すぐに地面に落ちてしまいますが、エアロゾルはとても小さいため、空気中に長時間漂い続けることができます。そのため、感染した人と同じ部屋にいなくても、換気が悪い密閉空間では、その人が去った後でも空気中に残っている細菌を吸い込んでしまう可能性があるのです。

結核菌などの一部の薬剤耐性菌も、このエアロゾル感染で広がることが知られています。特に、換気の悪い場所や人が密集している場所では、エアロゾル感染のリスクが高くなります。マスクをつける効果は、基本的にこの飛沫を吸い込まないことです。しかし、マスクをしていても、エアロゾル感染は防ぐことはできないのです。

だからこそ、新型コロナウイルスで学んだ「換気」「マスク」「密を避ける」といった対策は、薬剤耐性菌の感染予防にも役立つのです。

「薬が効かなくなる」と聞いても、ピンとこない人もいるかもしれません。でも、これは本当に深刻な問題なのです。

もし薬剤耐性菌が増え続けたら、今まで簡単に治せた病気が治せなくなってしまいます。例えば、ちょっとした怪我から感染症になっても、薬が効かずに重症化してしまうかもしれません。手術の後の感染症も防げなくなり、安全に手術を受けることも難しくなるかもしれません。

さらに、エアロゾル感染で広がる薬剤耐性菌が増えると、病院や施設での集団感染のリスクも高まります。空気を介して広がるため、従来の接触予防だけでは防ぎきれなくなってしまうのです。いくらマスクと手洗いをまじめに行っていても、このエアロゾル感染は止められないので、ほとんど効果がなくて、次々へと広がっていきます。

実際に、世界保健機関(WHO)は、薬剤耐性を「世界の健康に対する最大の脅威のひとつ」と位置づけています。何も対策をしなければ、2050年までに年間1,000万人が薬剤耐性菌による感染症で亡くなると予測されています。これは、がんで亡くなる人の数を上回る数字です。

でも、諦める必要はありません。私たち一人ひとりが気をつけることで、薬剤耐性の広がりを防ぐことができます。

  1. 医師の指示を守る:抗生物質は、医師が必要と判断したときにだけ使いましょう。処方された薬は、途中でやめずに最後まで飲み切ることが大切です。症状が良くなっても、指示された期間はきちんと飲み続けましょう。

2. 風邪で抗生物質を求めない:風邪やインフルエンザなど、多くはウイルスが原因です。抗生物質は細菌には効きますが、ウイルスには効きません。「念のため」と抗生物質をもらおうとするのは避けましょう。

3. 余った薬を使わない:以前処方された抗生物質が余っていても、自己判断で使わないでください。また、他の人にあげるのも絶対にやめましょう。薬の種類や量は、その人の症状に合わせて処方されています。

4. 手洗いをしっかりする:感染症にかからないことも大切です。こまめな手洗いは、細菌やウイルスの感染を防ぐ最も基本的で効果的な方法です。特に、外出から帰ったとき、食事の前、トイレの後は必ず手を洗いましょう。

5. 換気を心がける:新型コロナウイルスで学んだように、室内の換気はとても大切です。定期的に窓を開けて新鮮な空気を取り入れることで、空気中に漂う細菌やウイルスの濃度を下げることができます。特に、人が集まる場所では意識的に換気をしましょう。

6. 適切なマスクの使用:咳やくしゃみが出るときは、マスクを着用することで、自身から出る飛沫やエアロゾルの拡散を防ぐことができます。自分が感染を広げないという、加害者にならないためにも、体調が悪いときのマスク着用は大切なエチケットです。

7. 予防接種を受ける:予防接種によって病気を防ぐことができれば、そもそも抗生物質を使う必要がなくなります。定期的な予防接種は、自分だけでなく周りの人を守ることにもつながります。

薬剤耐性の問題は、一つの国だけで解決できるものではありません。世界中の国が協力して取り組んでいます。

日本でも、2016年に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」が策定され、医療現場での適切な抗生物質の使用や、国民への啓発活動が進められています。また、毎年11月には「薬剤耐性(AMR)対策推進月間」が設けられ、様々なイベントや情報発信が行われています。

医療機関でも、本当に抗生物質が必要かどうかを慎重に判断したり、適切な種類の薬を適切な期間だけ使うように工夫したりしています。また、新型コロナウイルスのパンデミックを経験したことで、医療現場での感染対策もより強化されています。

薬剤耐性(AMR)は、私たちの未来の健康に関わる大きな問題です。でも、正しい知識を持ち、一人ひとりが行動することで、この問題を食い止めることができると考えられています。

新型コロナウイルスで私たちが学んだ感染対策の知識は、薬剤耐性菌の拡散を防ぐためにも役立ちます。手洗い、マスクの着用、それに最も重要な換気、といった基本的な対策は、これからも私たちの健康を守る大切な習慣として続けていきたいですね。

抗生物質は、正しく使えば私たちの命を救ってくれる素晴らしい薬です。この大切な薬を、未来の世代にも使えるように守っていくことが、今を生きる私たちの責任ではないでしょうか。

次に病院に行ったとき、薬をもらったとき、この記事のことを少しだけ思い出してみてください。そして、正しく薬を使うこと、本当に必要なときだけ使うことを心がけてみてください。その小さな行動が、大きな変化につながっていきます。

私たちの健康は、私たち自身の手で守ることができます。薬剤耐性について知ること、そして行動することが、その第一歩なのです。

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