感染症とがん

感染症あれこれ

感染症とがん(生田和良、バムサジャーナル37(3):17-24, 2025)

この記事を元に、以下の5点について、わかりやすい記事としてまとめました。

■第1話:感染症とがんの関係についての考察

がんの発生には、DNAのコピーエラーという内的要因に加えて、日常生活や感染症といった外的要因が複雑に関与している。細胞分裂の過程では1日に約 5,000 個の複製エラーが生じるとされるが、通常は免疫機構により排除されるため、がん発症に直結するわけではない。しかし、ウイルスや細菌の持続感染はこの免疫監視機構や細胞周期制御に影響を及ぼし、がん細胞が生き残る確率を高める要因となり得る。特に、慢性的炎症の惹起、DNA修復機能の阻害、あるいはエピジェネティック(epigenetic: DNAの塩基配列、すなわち遺伝情報、を変えずに、遺伝子の働き(オン/オフ)を制御し、その状態が細胞分裂を通じて受け継がれる仕組み)な遺伝子発現変化などは、感染症によって誘導されるがん化の主要な分子機序である。

実際に、EBウイルス、HTLV-1、HPV、HBV、HCV などの病原体は、それぞれ特定のがんとの関連性が明確に示されている。これらの病原体は、宿主細胞内に長期間潜伏し、免疫回避を行いながら持続感染を成立させる点で共通している。また、感染していても多くの人ではがんを発症しないことも特徴であり、これは感染自体よりも「宿主側の免疫状態」や「遺伝的背景」「環境因子」ががん化の成否に大きく関与していることを示唆している。

以上のように、感染症はがんの直接原因というよりも、がん細胞が増殖し生き残る環境を形成する「促進因子」として理解されるべきであると考えられる。感染症を適切にコントロールし予防することは、がん医療においても極めて重要な位置付けを占めている。


■第2話:EBウイルス(EBV)

EBウイルスは、ヒトヘルペスウイルス4型に分類され、世界のほとんどの人が幼児期に自然感染し、Bリンパ球に潜伏感染として一生涯保持する。通常は無症状のまま経過するが、特定の条件下では細胞不死化を促し、バーキットリンパ腫、上咽頭がん、さらには一部の胃がんなどの発症に関与すると考えられている。これは、ウイルス粒子を産生する急性感染ではなく、ウイルス遺伝子の一部のみを発現する潜伏感染状態が鍵を握る。

EBV関連胃がんでは、ウイルスが宿主細胞の遺伝子変異を直接引き起こすのではなく、「プロモーター領域のメチル化」というエピジェネティックな変化を通じ、がん抑制遺伝子の発現が抑制されることでがん化が進行するとされる。すなわち、遺伝子配列を変えずに細胞の運命を変える点がEBVの特異的な発がん機序である。

このように、EBウイルスは多くの人が持つ「普遍的なウイルス」であるにもかかわらず、環境因子や宿主側の条件が整った場合にのみがんを引き起こすという特殊性を持つ。この点からも、感染症によるがん化は単純な因果関係だけでは語れず、複数要因の相互作用として理解する必要がある。


■第3話:ヒトヘルペスウイルス8(HHV8)

ヒトヘルペスウイルス8型(HHV8)は、カポジ肉腫関連ヘルペスウイルスとして知られ、AIDSに至る免疫不全状態で発症しやすい腫瘍と密接に関係している。通常、HHV8は潜伏感染状態で存在し、健康な人では問題を起こさない。しかし、HIV感染により免疫監視が低下すると、HHV8は活性化しやすくなり、血管内皮細胞の異常増殖を引き起こしてカポジ肉腫が成立する。

日本ではHHV8の保有率が低く、カポジ肉腫がAIDSの代表的合併症として認められることは稀である。一方で、アフリカなどHHV8保有率の高い地域では、HIV感染症と重なって高い発症率が報告されている。ここには、環境要因・生活習慣・遺伝的背景などの複数因子が影響していると考えられる。

このように、HHV8は「免疫低下」という条件がそろったときに病原性を発揮するウイルスであり、感染症とがんの関係を理解するうえで典型的なモデルの一つである。

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■第4話:HTLV-1

HTLV-1は、成人T細胞白血病(ATL)の原因ウイルスとして1980年に発見されたレトロウイルスである。レトロウイルスの特徴である逆転写酵素により、自身の遺伝子を宿主ゲノムに組み込むことで持続感染を成立させる。特にHTLV-1は“細胞間感染”(感染した細胞感染していない細胞と接触することでウイルス感染が成立)による効率的感染を特徴とし、母乳を介した母子感染、あるいは性的接触、輸血などによって広がる。

感染後すぐに病気が発症するわけではなく、多くの場合は数十年という長い潜伏期間を経て、免疫老化や免疫抑制が起こる時期にATLを発症する。近年では、ウイルスのHBZ遺伝子が宿主の免疫制御に影響し、長期的に細胞のがん化を促すことが明らかになっている。

HTLV-1は、感染者のごく一部が白血病化するという特徴を有し、感染と疾病の関係を単純化できない典型例である。感染そのものよりも、長期にわたり持続するウイルスと宿主免疫の微妙なバランスが破綻することが、がん発症の引き金となる。


■第5話:ヒトパピローマウイルス(HPV)

HPV は200種類以上の型が存在し、そのなかでも高リスク型HPVは子宮頸がんの主因とされる。性交渉経験のある女性の多くが一度は感染する、非常に一般的なウイルスであるが、そのほとんどは免疫によって排除される。しかし、一部の感染は持続感染へ移行し、高リスク型においてはE6・E7タンパク質により細胞周期制御が破綻し、がん化が促進される。

HPV 16 型・18 型による子宮頸がんはワクチンで予防可能であり、世界的には接種推奨が強化されている。日本では副反応報道により接種率が一時的に低下したが、現在は接種推奨が再開され、キャッチアップ接種も進められている。

HPVは、感染症によるがんが「ワクチンで防げる」ことを示す代表例である。感染症対策ががん予防そのものにつながる点で、非常に重要な公衆衛生的意義をもつ。


■第6話:B型肝炎ウイルス(HBV)

HBVは血液や体液を介して感染し、急性感染と慢性感染の両者が存在する。とくに慢性感染は長期的な肝炎・肝硬変を経て肝細胞がんの主要な原因となる。ウイルスそのものが肝細胞のDNAに組み込まれることや、慢性炎症による細胞破壊と再生の繰り返しが、遺伝子異常の蓄積とがん化のリスク上昇に寄与する。

一方で、HBVはワクチンにより予防可能であり、核酸アナログ製剤を用いた抗ウイルス療法により、肝炎の進行抑制とがん発生リスクの低減が可能である。感染症対策と治療介入によってがんを減らせる数少ない病原体である。


■第7話:C型肝炎ウイルス(HCV)

HCVもHBVと同様に血液感染するウイルスで、慢性感染が肝硬変および肝がんの主要な原因となる。しかし、HCVにはワクチンが存在しない。しかし、近年開発された直接作用型抗ウイルス薬(DAAs)により、ほぼ完全なウイルス排除が可能となった。これにより、HCV関連肝がんの発生率は著しく低下している。

HCVは、感染症治療の進歩が直接的にがん予防につながる典型的な事例であり、ウイルス学と腫瘍学が密接に結びつく領域の重要性を示している。